これは実際にその時を迎えてみなくては、自分がどのようになってしまうのかわからないものなのかもしれない。我が家に犬が2頭いるのは、こんな時2頭いれば、つらさも多少違うだろうと思うところも大きかった。確かにジュピターがいなかったら、もっとつらい思いをしていたのは確かだが、わたし達にとっては初めての室内飼い、そして突然の死ということも関係していたのだろうか。実際に1頭がいなくなった時、これほどつらくなるとは想像以上だった。

我が家の場合、以外にも夫の症状のほうが重かった。夜、眠れない、そして食事も殆どのどを通らないほどの状態に陥ってしまった。

わたしはと言えば、ロージーがいなくなってから最初の一週間は毎日泣いて暮らしていたが、その後は日がたつにつれて少しづつ立ち直っているように感じていたが、あれから4ヶ月たった今もロージーのことを考えない日はない。ロージーが逝ってしまった日のことを考えると今でも胸が締め付けられそうな感情がこみあげてくるし、泣けてくることもある。死の直後のような思いではなく古傷のような傷みというのか、じわじわとした感じのつらさだ。

夫と早く室内に新しい犬を迎えようというような話しをするが、実際のところは話しをするだけのことであって、とても新しい犬を迎えられる状態ではないのかもしれない。多分、今新たな子犬を迎えたとしてもロージーといろいろ比べてしまうだろうし、ロージーに悪い気がして飼えないという部分もある。

死んでしまったロージーのことは、良かったところや楽しかったことなどは良い思い出に、またそうではなかったことでも懐かしい思い出になってしまうのだろう。死んでしまったものとくらべるのは可哀相なのはよくわかっているが、今はまだそんな思いでいっぱいである。

そうは言っても実際に子犬を迎えたら、また展開も違ってくるのかもしれないが。友人のひとりが言ってくれた言葉だが、「いつかきっと運命の出会いがある」そう思いたい。そう思っているのかもしれない。いつかきっとそんな日が来ると思ってる。朝が来れば、その子に出会える日にまた1歩近づいている。そんな風に少しづつ、前向きに考えていこうと思う。

もしも同じような思いをしている人がここを読んでくださっているのなら、つらい思いを掲示板でも構いませんので、投稿してみてください。気持ち的に少しでも楽になれるお役に立てれば、と思います。

ロージーの死因等につきましては、育児日記99年に載せました。

ロージー

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