阪神間文化研究

 

1.概論

拙文「阪神間の成立」, 「阪神間交通の発達」に見られるような、旧態依然たる農村社会に突如、都会の香りを発散する人々が押し寄せる状況は、長年その地に育まれて来た慣習総じて文化と衝突,対立,融和,混合させる端緒となった。また、たかだか700km2の地域にもかかわらず、在来の農村社会の成熟度の差によって、その文化が一体視出来得るものでない奥深いものになっている。沿線人口誘引のため私鉄が創造した文化,その動きに触発され、在地の有力層主導によって開発されたハードウェア上に都市移民が独自に醸成していった文化,在地の富裕民による独自の文化が渾然一体と棲み分けている興味深い地域です。

 

2.阪神間の建築

◆ 芦屋仏教会館

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◆ 旧山邑邸(現:淀川製鋼所迎賓館)

      (工事中)

◆ 個人邸宅街の形成

拙文「阪神間の成立にあるような郊外私鉄沿線への移住誘導の条件として、阪神電鉄は明治41年(1908年)「市外居住のすゝめ」という小冊子から引用します。

 1.市外に恰好の地所を求め又家屋を建築するに良き手蔓を得ざること
 2.借家を捜索するに憶苦にして且不便なること
 3.日用品の購買に不便なること
 4.人情風俗を異にするより他郷人視せられること
 5.児童の就学に不便なること
 6.租税其他につき重き負担を課せられるること
 7.気候の激変,水質の良否を掛念すること

この「市外居住のすゝめ」では、以上の条件を満たす地として、西宮から御影あたりを挙げています。
1〜5項は都市・社会条件の整備。そのため、箕面有馬(現:阪急電鉄)は池田室町を分譲した際、共同購買組織を整備するなど先進地域並みに近づけるように努力した。6項は前項への負担を挙げています。現在でも住民税更には介護保険負担という形で問題となる事項です。また、空気,土地,水を重視する評論が多く出ていることは、当時ロンドン中心部より悪いと言われた大阪中心部の環境を裏付けているようです。

郊外生活への誘導は、大正5,6年(1916,7年)頃から本格化してきましたが、理念めいたものを吹き込んだのは「日本建築協会」の住宅改良運動です。大正11年(1922年)箕面桜ヶ丘にて「桜ヶ丘住宅改造博覧会」が行われるなど以後の住宅地形成に大きく影響を与えました。

和風の贅を凝らした文化財的住宅,アメリカンコロニアル,スパニッシュスタイル等に混じり試行錯誤が続く改良住宅が各所に見られるのはこの阪神間散策の醍醐味です。

 

3.阪神間の文化施設(工事中)

 

4.阪神間懐かしの味

●アモーレ・アベーラ(イタリア料理)

現在でも、阪急電車今津線宝塚南口駅西南の山手にありグルメブック等に紹介されていますが、小生の印象深いのは、今から30年以上前の阪急宝塚駅近くにあった店です。石釜が備えられた薄暗い、現在の宝塚駅周辺では想像できませんがヨーロッパの下町の路地のようなところを入っていく雰囲気のある店でした。現オーナーの父親の時代で、気さくな禿頭のご主人でした。(現在の店にも写真が飾ってあると思います)当時珍しかったイタリアワイン(下半分がわらで包まれた)のミニチュアをよくお土産にもらったりしました。無論、料理の味も抜群で、中でもミートソース,ミートボール,ピッツア(チーズ)はお勧めでした。ミートソースの色がオレンジ色で一般の赤色と違い、ミートボールもゴルフボール大でハーブが沢山入っており、何と変わった味だろうと驚嘆したものでした。後年、北イタリアに行った際にご主人はこの味を守り続けたんだとしみじみと思いました。昭和48年頃に現在の邸宅兼店舗の店に移り、イタリア人のお宅に呼ばれているような雰囲気を味わうことが出来ました。ガーデンテラスにオープンエア席,ドリンクカウンターを備え、最近はよく見られるようになった赤いオレンジジュースにはびっくりさせられました。昭和50年代の前半?に先代がなくなりましたが味は守られましたので、客足は衰えませんでした。昭和60年代頃になると、居宅を改造したため見通しが悪いのでテーブルサービスが行き届かず、味にムラらが出てくるようになりましたが、折りしも、バブル,イタ飯ブームで客足は客足は衰えませんでした。平成7年の阪神大震災後ぐらいから、ちょっと味が別物になったような感じがして来ましたが、まあ時期戻るだろうと思いましたが戻らず、かつ、ウェイターの質は益々低下し、ついに小生は平成9年11月を最後に行くことを止めました。過去の思い出が非常によかったものだったので、これ以上思い出を壊したくないという気持ちです。もし、皆さんが行かれている,行こうとされるなら、拙文を見て気持ちだけは高く持って下さい。ほんと!いい店だったのになぁ。

●クリスボン(洋風料理)【現存せず】

国道2号夙川橋交差点、北東角(現:ヘルスクラブシーガルの地)にあった円筒形の外観の目立つ建物のレストランでした。中には螺旋階段が続く優雅な雰囲気のグリルといった感じの店でした。昭和50年代後半に閉店しましたが、最近このような形態のレストランがなくなり、外食という言葉が特別視された時代を通るたびに懐かしんでいます。

 

5.阪神間の味(行きつけかな?)

味覚,グルメについては、瀬良さんの「あしやの話・あじあの話」,さとなおさんの「関西のおいしい店」を参考にして頂ければいいのですが(笑)、私のコメント録です。

● 「あづま」 【焼肉】 芦屋市公光町 
  00年4月、震災後900日余ぶりに営業を再開した芦屋中央地区震災復興事業内の焼肉屋さんです。芦屋でも「下町の芦屋」なので、価格もリーズナブルです。大将の目利きか、肉質がいいです。チャンジャ巻きというチャンジャを海苔巻にしたものや韓国直輸入の「真露」,マッコリ酒もあり結構楽しめます。国道2号「本通北」、川東線(現在工事中)を南へすぐです。1Fが駐車場となっています。

● 「あんかけ亭」 【うどん】 芦屋市打出小槌町

99年11月にオープンしたばかりの手打ちうどんの店です。内装がモダンジャパニーズなので、味も奇をてらっているのかなと思ったのですが、基礎がしっかりした味です。屋号にもあるあんかけをオーダーするとよくありがちのとろみが飛ぶこともなく、なかなかいけます。一品物、日本酒も結構取り揃えており、うどんが目的でなくても行けます。

● 「翠香」 【中華】 西宮市松生町

住宅地に立地する中華料理屋さんで、カウンターとテーブル2卓しかない小さなお店です。葱汁ソバ,炒飯をオーダーされたら理解いただけると思います。肩肘張ることのない落ち着いた味ですので、癒しを求める方には最適です。

● 「八光屋」 【焼鳥】 芦屋市西山町

阪急芦屋川の北、水道筋を西のプレハブにあるお店です。店は味をあらわすなんて言っちゃだめですよ(笑)ここのせぎも,トマト肉詰めを食べてしまったら、もう嵌ってしまいます。カウンターだけの10人程度のお店ですので、大人数の時は気を付けて。

● 「HAMPTON」 【カフェレストラン】 芦屋市西山町

芦屋界隈でお茶といっても、周辺のガサツな雰囲気で失望される方も多いと思います。阪急芦屋川北側、開森橋西詰のここはそんな方にお勧めです。正統「アフタヌーンティー」も用意されており、山邑邸散策の帰路なんていいかも知れません。夜はパブレストランとして営業されています。駐車場北側にあり。

 

 

皆さんも懐かしい思い出の店,お勧めの店があれば、メールで連絡若しくは掲示板に書き込んで下さい!

 

 

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Rev2000.12.31